カーチュー Ca Trù
カーチューとは、古語の詩を吟ずる、歌・弦楽器・打楽器からなる伝統芸能で、ベトナム北部を中心に発展しました。歌の出来に応じてお客から竹製の札“チュー”をもらい、札に書かれた金額の報酬を受け取ったことから、カーチュー(=歌札)の名で呼ばれます。また、以前は、アーダーオ(Ả Đào)と呼ばれていました。
歌い手は、ダオヌォン(đào nương)と呼ばれる女性が務め、ベトナムのチューノム(Chữ Nôm:字喃)や漢文で書かれた詩を、独特の節で歌いながら、ファィック(phách)という、竹または木の板をスティックで叩きリズムをとります。右手に2本1組、左手に1本のスティックを持ち、左右の手で異なる音色を出します。
弦楽器はダンダイー(đàn đáy)と呼ばれます。Đànは弦楽器を示す言葉で、ダイー(đáy)は底という意味です。胴の裏板が開いていて、“底”に特徴があることが名の由来です。また棹が約160㎝と非常に長く、3本の弦がゆるく張られ、弦の押さえ方で音程を微妙に変化させることが出来ます。棹が長い、つまり弦が長いことで、変化の幅が広がるようにしてあるのです。奏者はケップ(Kép)と呼ばれ、昔は男性が務めましたが、現在では女性の奏者もいます。
打楽器は、チョンチャウ(trống chầu)と呼ばれる太鼓で、詩の切れ目や聴き所などで太鼓を叩きます。鼓面を叩く時は「もっと歌ってください」、胴を横から叩く時は、歌を誉める意味が込められています。チョンチャウを叩く人はクアン・ヴィエン(quan viên)と呼ばれ、昔はお客がその役を務めました。鼓面には水牛や牛の皮が張られています。
カーチューで唄われる最も有名な詩の一つは、ズオン・クエー(Dương Khuê:1836~1902)によって書かれた”ホンホントゥエットトゥエット(Hồng hồng tuyết tuyêt:女性の名、または美しい女性を意味する。)“です。「まだ幼い女性(歌い手)に想いを寄せられたが、あなたはまだ若いからと言って聞かせた。15年後に美しく成長した女性に再会したが、今度は自分が年老いてしまった」というやや切ない詩です。解釈には色々あるようですが、15年間グエン(阮)朝に仕えた官僚であった作者自身の、「若い時に王にフランスへの警戒を助言したが聞き入れられず、王が15年後にその意味を理解した時、既に王は年老いていた」というフランス支配への遺憾が込められていたとの解釈もあるようです。また他の演目としては、グエン・ズー(Nguyễn Du:1765~1820)の名作『キエウ物語(Truyện Kiều)』からの詩、ティ・キン物語※を題材にした、グエン・コン・チュー(Nguyễn Công Trứ:1778~1858)作の詩などがあります。 このようにカーチューは、古語の詩を理解し、弦と鼓の調べに乗せて情感を込めて歌い上げ、お客も参加するという、多くの知識や技術を要する音楽です。歌い手は幼少の頃から訓練を受け、楽団は親族で構成されていました。 カーチューの歴史は古く、発祥はリー(李)朝時代、15世紀の後レー(黎)朝の頃から現在のようなスタイルで演奏されるようになったと言われます。初めは王侯貴族や役人などの上流階級の人々が楽しむものでしたが、その後、民間にも広がり、村の祭礼の際にディン(亭:村の集会所兼神社)などでも行われるようになりました。しかしフランス植民地時代の20世紀初頭、酒宴の席で行われるようになり、封建時代の遺物であるとの偏見も広がり、1954年にフランスが撤退して以降、カーチューの演奏が禁止されます。伝統文化カーチューが存亡の危機に瀕する中、1970年代頃から、保存の動きが出始めます。1983年に、クアック・ティ・ホー(Quách Thị Hồ)の歌が平壌で開催された伝統音楽の国際コンテストで優勝したことをきっかけに政府も支援に乗り出し、カーチューの歌い手や奏者養成コースが設立されました。1990年代からカーチューを演奏するグループが組織され活動を開始、2009年にはユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。現在(2014年)ハノイ旧市街では、貴重な伝統文化を伝え継ぐべく、下記の二ヶ所で上演が行われています。昔ながらのディン(亭)や祠の祭壇の前に設えた舞台で、厳かな雰囲気の中、澄んだ歌声が響きます。プログラムは、歌を鑑賞する他、実際にそれぞれの楽器に触れ、カーチューへの理解を深めることもできる構成になっています。 ハノイカーチュークラブ タンロンカーチュークラブ ※ベトナム仏教のティ・キン観音信仰の由来となった話
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