鎮国寺 

Chùa Trấn Quốc

~ ハノイ市最古(6世紀)の仏教寺院 ~

 
撮影:2002年7月9日 

<歴史>

この寺は、ハノイ市最古の仏教寺院といわれています。現在はホータイ西湖の東側、タインニエン通り沿いのキムグー金魚島にあります。もともと6世紀リー・ナムデー李南帝の時代、紅河のほとりのイエンホア村現在のイエンフー通りあたりに建立され、カイクオック開国寺と名付けられました。1440年、後レー朝の第2代皇帝レー・タイトン黎太宗の時代に、アンクオック安国寺と改名されます。

 1616後レー朝後期、紅河の土手が崩れてきたため、村人たちが現在の場所に移しましたこの島は以前、リー朝時代(10101225)には王族の避暑地として使われ、翠華宮という離宮がありました。1620年頃に村人が堤防コーグー堰を築いた際に、堤防より寺に渡る道も作られました。この堤防が今のタインニエン通りになっています。1639年当時、実権を握っていたチン氏の命によって、寺の増築が行われ、門・回廊などが付け加えられて、現在の規模になりました。その後、後レー朝の11代皇帝レー・ヒートン黎煕宗の時代、寺はチャンクオック鎮国寺と改名されました。この時代には中国から曹洞宗が伝わり、この寺は拠点となっていたようです。

1815年、グエン朝初代ザーロン嘉隆帝により修築されたのが現在の伽藍です。1842年、3代ティェウチ紹冶帝は、当時は一地方都市であったハノイの寺に「国」の文字を使うことを禁じ、チャンバック鎮北寺と名前を変えてしまいました。しかし、人々からは鎮国寺と呼ばれてきました。 

      

<本堂>
 正面の門をくぐり、突き当りまで行くと、
本堂の前の庭に出ます。
 この造りは、16世紀に始まった「内エ外口」様式で、上から見ると「エ」字形の本堂に「口」字形の回廊、客殿、僧房が取り囲むように連結しています。堂内には多くの神仏が祀られています。

 
 本堂
撮影:2012年6月23日


 本堂の奥の最上部には、三世仏のⒶ阿弥陀如来過去仏、Ⓑ釈迦如来現在仏、Ⓒ弥勒みろく菩薩未来仏)があり、すべての時を超えて、人々を救ってくれるとされています。弥勒菩薩というのは、釈迦如来の滅後五十六億七千万年後にわれわれの住む人間世界に出現し、釈迦如来の教えで救われなかった人々をことごとく救済する「未来仏」です。

二段目は、釈迦の十大弟子であるⒹ阿難陀あなんだ尊者とⒻ迦葉摩騰かしょうまとう尊者を脇侍としてⒺ釈迦三尊像が祀られています。
三段目はⒼ観世音かんぜおん菩薩とⒾ大勢至だいせいし菩薩を従えたⒽ阿弥陀三尊像。

       
 阿弥陀三尊像 左は大勢至菩薩
撮影:2006年4月9日
 
 一番奥から、三世仏(過去仏と現在仏)
阿弥陀如来
釈迦如来
布袋(弥勒菩薩の化身)
撮影:2012年6月23日


 四段目の中央のⓀ布袋(ほてい)像は、10世紀中国に実在した僧侶で大きなお腹を出し大きな袋を持ち、いつもニコニコとして色々な奇跡を起こした事から、ベトナムや中国では弥勒菩薩の化身とされています。Ⓙ普賢ふげん菩薩とⓁ文殊もんじゅ菩薩を従えて祀られています。

 多くの手に象徴されるようにあらゆる手段で願いを叶えてくれるⓂ准胝じゅんてい観音菩薩、梵天ぼんてんと帝釈天たいしゃくてんにはさまれてⓃ釈迦誕生仏があります。その前には釈迦の死を表したⓞ涅槃仏が祀られています。

      
 釈迦誕生仏
撮影:2012年6月23日
 布袋像
撮影:2006年4月9日

② 両側に五体ずつ鎮座しているのは地獄の十王。
③ 右奥は、ベトナムの英雄チャン・フン・ダオ
④ 左奥は、三蔵法師。その向かって右は施餓鬼を知らせる鈴を持つ世話係、左は、きちんと並ぶよう無縁仏を取り締まるため鞭のようなものを持つ。
⑤ 両脇に置かれているのは、護法の像です。日本でいえば仁王にあたり、仏法と寺院を守る守護神です。
⑥ 手前の右側は徳翁という土地神。文官白い顔と武官赤い顔を従えています
⑦ 手前の左側に関聖帝君中国の武将、関羽が祀られています。左側には元は盗賊だったが捕らえられ関羽の忠義の心に打たれ家来になった周倉三国志演義』の登場人物右側には関羽の印鑑を入れる箱を持っている関羽の養子である関平を従えています。 

   
三蔵法師 
撮影:2006年4月9日
 チャンフンダオ(陳興道)
撮影:2006年4月9日
   
 関羽
周倉(向かって左)と関平(向かって右)
撮影:2012年6月23日
徳翁
武官(向かって左)と文官(向かって右)
撮影:2012年6月23日

       
護法(向かって左)
撮影:2006年4月9日 
護法(向かって右)
撮影:2006年4月9日 



<本堂の前の庭>
左右にある石碑は、この寺の修復の史実が刻まれています。
⑧ 1639年、後レー朝時代の修復。
⑨ 1815年、グエン朝時代の修復。
⑩ 庭にある大きな菩提樹は、1959年インドの大統領、ラージェーンドラ・プラサードによって植樹されたものです。
⑪ この石碑には、釈迦の生涯が刻まれています。


          
 1639年の石碑 菩提樹    
撮影:2012年6月23日 



<本堂の裏手の庭>

⑫ たくさんの塔が立っています。これは歴代住職の墓塔です。
⑬ 中央にある池の中に岩で作られた山は「ヌイノンボ仮山」と呼ばれるもので、自然の景観に見立て建造物に取り入れ、悪い「気」が直接堂内に入ってこないようにしています。仏教の世界で、中心と考えられている須弥山(しゅみせん)を表しています。
⑮ この碑亭の中には、寺に寄進した人々の名前が記された石碑があります。

<祖師堂>
⑭ 中央には歴代住職の像があり、左右にはベトナムの道教・聖母道の神々が祀られています
 

 
 聖母道の聖母と皇子(祖師堂内)
撮影:2006年4月9日


 
達磨(中央奥)と歴代住職の像(祖師堂内)
撮影:2012年6月23日


   
 ヌイノンボ 墓塔と仏塔    
 撮影:2012年6月23日


鎮国寺は、タイ湖に突き出た小島にある。
右がタイ湖、左がチュックバック湖、中央がタインニエン通り。
撮影:2014年9月9日
 





<拝観日> 毎日



参考資料: 『歩こうハノイ③ チュックバック湖周辺を歩こう』 ハノイ歴史研究会 2002



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