ハノイ大教会 
Nhà Thờ Lớn

 
 撮影:2013年5月9日


 
 聖母マリアの像
撮影:2008年6月5日

ハノイ大教会は、ホアンキエム湖から少し西へ入ったわずか100mほどの短いニャートー通りの行き止まり、ニャーチュン通りとリー・クオックスー通りが交わる広場の奥に建っています。広場の中央にはREGINA PACIS(平和の聖母)と書かれた台座に立つ幼きイエスを抱いた鋳造の「聖母マリアの像」があり、その前にはいつもきれいな花が飾られています。


<大聖堂外観>
この教会は、左右に天に向かってそびえ立つ二つの塔を持ったゴシック様式の建築物です。高温多湿の地で風雨にさらされ、約120年が経過した外壁はかなり汚れて、黒ずんでいます。この建物は奥行き64.5m、横幅20.5m、二つの鐘塔の高さは31.5mです。左の塔には大きな鐘が一つ、右には四つの小さい鐘があり、正面中央の大きな時計と連動して清らかな鐘の音をあたりに響きわたらせています。

大きい扉の上、建物の中央に大きなバラ窓が見えます。こうした外見からパリのノートルダム寺院を連想する方も多いようです。塔の頂部には切り妻屋根がのっていたり、ところどころに換気口が開けられているのは、この国の気候に対処したためのようです。ヨーロッパの教会の多くは石造ですが、ハノイ大教会の主な建築材は煉瓦とタイルだそうです。ステンドグラスはイタリア・ベネチアから運ばれてきたとのことです。

 <大聖堂内部>

 
 大聖堂内部
撮影:2008年5月21日

ミサが行われている時間以外は、普段表の扉は閉ざされていますが、教会に向かって左側の門から中に入ることができます。右手の二つ目の階段を上ったところにある小さい扉から入ってください。そこは祭壇の横になります。祈りを捧げている方の邪魔にならないよう、静かに見学いたしましょう。

窓という窓にはめ込まれたステンドグラスの美しさに、まず驚かれることでしょう。入ってすぐ右手の床に、黒いマーブル石の墓碑があります。これは、1990年に埋葬された二人のベトナム人司祭の墓です。その向かいの壁に立つ像は、1839年ミンマン帝による迫害で殉教したベトナムの聖人アンデレ・ズンラックです。左右の回廊の柱には、イエスの「受難物語」を描いた14枚の絵が飾られています。ピラトによって死刑を宣告されたイエスが、十字架を背負ってゴルゴタ(髑髏)の丘まで歩かされた「ヴィア・ドロローザ」(悲しみの道)の道行き、そして十字架上の死と埋葬の場面が描かれています。

 右側の回廊から正面の扉の方へ進み、バラ窓の美しいステンドグラスをゆっくりご覧ください。


   
 バラ窓  ROUSSEAU ALLARD ANGERS 1908 FRANCE
と記されている
撮影:2011年12月4日 



   
 聖ヨセフとイエスの像(中央の祭壇)
撮影:2008年3月22日
 

そして、振り返って中央の祭壇へとお進みください。木製の祭壇に施された花模様の繊細な彫刻には金の漆が塗られ、色鮮やかなステンドグラスと共に独特の調和を醸し出しています。祭壇の中央にあるのは幼きイエスを抱いた「聖ヨセフの像」です。19世紀末のローマ法王イノセンティス11世がヨセフをことのほか敬愛していたので、ヨセフ像が中央に置かれたようです。そのため、ここは「聖ヨセフ教会」とも呼ばれていました。祭壇の手前、真ん中の足下に初代ベトナム人枢機卿、チン・ニュー・クエの遺体が安置されています。




祭壇に向かって右手の回廊の中ほどに、聖母マリアの祭壇があります。その周りの柱には、フランス語、ベトナム語、ラテン語で書かれた祈願の銘板(聖母マリアが彼らの元に現れたと主張する人々の感謝の言葉)がはめ込まれています。ちょうどこの反対側、祭壇に向かって左手の回廊には、赤い心臓を指し示す「キリストの聖心(みこころ)の像」が祀られた祭壇があります。


        
キリストの聖心の像        聖母マリア 
撮影:2011年12月4日 




<敷地内の他の建物>

 
 東方の三博士の壁画
撮影:2006年3月5日

教会の裏手にはイエスの誕生を祝う東方の三博士の壁画と「岩の洞窟」があります。また教会の横手に門があり、そこを入ると神学校、礼拝堂、聖職者の宿舎などいくつかの建物があり、敷地の広さにびっくりします。中でも左側の角に立っている礼拝堂は、一見お寺かと思うほどにベトナムの伝統寺院の形をしています。よく見るとアーチ窓やバルコニーがあったり、まさに東洋と西洋が混ざり合った不思議な建物です。この礼拝堂は1876年に建てられ、大教会ができるまでここでミサが行われていたそうです。


 
 1876年創建の礼拝堂
撮影:2007年5月17日

 神学校には現在、入学試験をパスした2230才の学生が約220名学んでいるとのことです。卒業生の中から2年ごとに最大10名の司祭候補者が選ばれるそうです。神学校自体は一般に公開されていませんが、礼拝堂などのある敷地は歩くことはできます。大教会の横門は普段閉まっていることが多いので、ニャーチュン通りの40番から入るといいでしょう。入ってすぐ右に、教会のオフィスがあります。その隣にNHA-Aと記された「ハノイカトリック総代の建物」があり、その先の右手が礼拝堂です。現在、日曜日の朝9時からここで韓国語のミサが行われているとのことです。

 <歴史>

フランス軍がハノイ城を占拠したのは18824月、その同じ年にプギニエール司教(フランス人)は教会の建設に着手しました。当時のハノイ総督グエン・ヒウ・ドが教会建設用の土地として渡したのが、11世紀李朝期に建てられたバオティエン塔(報天塔)の土地でした。建設費用は約20万フランと見積もられ、財源の一部は、同司祭が植民地政府の許可を得て開いた2回の籤による売上金と献金によって賄われたそうです。主な建築資材であった煉瓦やタイルはハノイの炉で焼かれ、プギニエール司祭自らが品質のチェックを行ったとのこと。約4年の歳月を費やし、18861224日、クリスマスイブに落成式が行われました。

120年の時が流れ、フランス植民地時代の遺産であったハノイ大教会は、今やベトナムの文化的価値を持つ財産として人々に受け入れられているようにみえます。現在、ゴー・クアン・キエット大司教の下にハノイ教区には約40万人のカトリック信者がおり、この大教会は、彼らにとって最も大切な祈りの場となっています。ベトナム北部にある大小480の教会のトップに立つ、聖ヨセフを祀る教会としても有名です。


門の開閉時間: 5:0012:00 / 14:0019:30
ミサ:
平日5:30 /18:15

土曜日 5:30 /18:00
日曜日5:00 /7:00 /9:00 /11:00/16:00 /18:00




参考資料: 『歩こうハノイ⑦ 大教会周辺を歩こう』 ハノイ歴史研究会 2008





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