ロンビエン(龍編)橋

Cầu Long Biên

 
撮影:2011年5月1日 

ベトナム北部を流れる紅河Sông Hồngにかかるロンビエン橋は、今から約百年前、フランス植民地時代に造られ、ベトナム戦争中、米軍により何度も破壊されながらも修復され、今日もなお利用されています。

インドシナ総督ポール・ドゥメル(総督在位18971902)は、植民地財政をフランス本国にたよらず、住民から人頭税や土地税などを徴収、またアヘンや塩の専売により収入を増やし、その収益で大規模公共事業に着手しました。1900年頃から北や南に向かう鉄道路線が敷かれ、またハイフォンに港が開設されたため、ハイフォンとハノイを鉄道で結ぶためにこの橋が建設されました。工事はフランスのDayde et Pille (ダイデ&ピル)社が落札し、1899年起工、1902年に長さ約1.7kmの鉄橋が完成しました。総督の名をとり「ドゥメル橋」と呼ばれ、当時インドシナ植民地で最大かつ最も美しい橋だったといいます。

鉄のがっしりとしたトラス構造(細い鋼材を三角形に繋ぎ合わせた構造)の雄大な橋ですが、オリジナルのシルエットはエッフェル塔を横にしたようだとも言われ、優雅な曲線も併せ持っています。川の中央付近の山形デザインは破壊されたままになっていて、戦争の激しい爆撃を思い起こさせます。

ロンビエン橋は、1980年代半ばまで鉄道の他、車やバイク、自転車、歩行者全てが利用していましたが、1986年にチュオンズオン(Chương Dương)橋ができてからは、車やバイクの通行は不可となりました。 その後チュオンズオン橋の渋滞緩和のため2005年から再びロンビエン橋のバイク通行が許可され、現在(2013年)に至っています。

“ロンビエン(龍編)”とは、”龍が躍る”という意味で、現在、ハノイ市中心部側から橋を渡った向こう側の地区に、ロンビエンの名がつけられています。

 

   
 撮影:2012年8月4日 撮影:2012年8月4日 

   
撮影:2012年8月4日   


   
撮影:2012年12月17日  


 
 右奥はチュオンズオン橋、手前はロンビエン市場や住宅の屋根が連なる。
ハノイ市中心部側に、4つの山形デザインが残る。
撮影:2012年12月17日


   
 川の中央付近の山形デザインは、一部分のみが残る。
橋の上部構造が破壊された部分は、下部にトラス構造を設けて補強されている。
撮影:2012年12月17日
 


 
川の中央付近に残る山形デザイン
撮影:2013年7月31日
 


   
ロンビエン橋の袂のロンビエン駅(ハノイ市中心部側)
撮影:2011年5月1日
 
 
  
      
 ロンビエン駅を出発し、橋を渡るドイモイ号
撮影:2011年5月1日
Dayde et Pille社の文字が刻まれている。
撮影:2011年5月1日
 



参考資料:Wikipedia“Cầu Long Biên”など

 

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