ロンドイソン寺 ~ 龍隊山にそびえた塔 ~
ハノイの南約50㎞、ホン(Hồng)河とダイー(Đáy)川、チャウ(Châu)川の三つの河川が交わる地点に、ロンドイ山(龍隊山)があります。ロンドイ(龍隊)とは、龍が群がるという意味です。(現在はドイ山と呼ばれます。)ハノイから1号線を下り、ハーナム省の省都フーリー(Phủ Lý)の少し手前を左に曲がり東へ向かうと、標高72mの「龍の群がる山」が見えてきます。李朝時代、平坦な紅河平野を流れる河川の合流地点は交通の要衝であり、そこにそびえるロンドイ山は神聖視され、その山頂に仏塔が建てられたのです。李朝時代の寺は、塔を中心に建てられました。寺は15世紀初め、明(中国)の侵攻によって破壊され、グエン朝期に建て直され、1947年に再び破壊され、その後再建されました。 300段の階段を登ると、各伽藍が、山の南斜面を利用した段差のあるテラスにそれぞれ建てられています。一番手前には祭りの時に使われるスペースが設けられ、少し階段を上がったところに、1121年に建てられた石碑「大越国李家第四帝崇善延齢塔碑」があります。高さ2m40㎝、幅2m24㎝の巨大なもので、碑文には、李朝第4代皇帝仁宗が舟で紅河を下った時にロンドイ山に関心を持ち、13層の大塔を建立したとあります。またこの石碑には、この地で水上人形劇が行われていたことが刻まれ、開拓民を惹きつけるために上演されたと考えられます。水上人形劇に関する記述としては最古のものです。石碑の土台には、李朝時代に大変好まれて使われたモチーフである、交差する2匹の龍が刻まれています。 更にその上の最も高いところに本堂があります。須弥壇の中央には、大変柔和な笑顔の弥勒菩薩が祀られています。本堂の背後には、准胝観音や、前レー(黎)朝の初代皇帝レー・ダイハイン(黎大行:在位980~1005)が祀られています。レー・ダイハインは、ホアルーの都からこの地を訪れ、ロンドイ山で田を耕す儀礼を行いました。これは大塔が建立される前のことで、この地が開拓されるべき所として李朝以前から注目されていたことがわかります。また、塔の発掘現場が保存され、発掘された瓦や、煉瓦の装飾などが展示されています。 山頂からはどこまでも続く平坦な田畑が臨め、李朝が開拓しようとしたこの地の重要性が実感されます。
参考資料:ハノイ歴史研究会第36回史跡めぐり参考資料「ロンドイソン寺」大西和彦 |
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