<チャウカウとは>
ベトナムでは冠婚葬祭の脇役に Trầu(チャウ:蒟醤(きんま))の葉とCau(カウ:檳榔樹(びんろうじゅ))の実が欠かせません。この2つの語を併せてTrầu Cau(チャウ・カウ)と言うと、これらを原料に用いた嗜好品を意味します。
Trầu Cau の習慣は、先史時代からアジアの各地にあり、現在も、ベトナム以外に、中国・台湾・タイ・ミャンマー・インド・ミクロネシア他の国で見られ、原料に多少の違いこそあれ、檳榔子・石灰・キンマを使用するという点で共通しています。気象条件の厳しいこれらの熱帯、亜熱帯の国では、Trầu Cau
の覚醒作用が重労働の労苦を和らげることから手軽に利用されてきました。ベトナムで冠婚葬祭にTrầu Cau
が用いられるのは、その覚醒作用が緊張を解き、コミュニケーションをスムーズにすると考えられているからです。
一方、実利面だけでなく、各国でTrầu Cau
の道具が発達し、その影響は日本にも及びました。香川県の特産品である讃岐蒟醤(さぬききんま)と呼ばれる漆器の技法がそうで、源流がタイの蒟醤の葉を入れる容器にあり、由来の「蒟醤」をその名に残しています。ベトナムはどうかと言うと、檳榔子や蒟醤を入れる容器が高度な工芸品として発達していくことはなく、代わりに、確認出来る限り唯一ベトナムにおいてのみ見られる、石灰を入れる容器、Bình Vôi(ビンボイ)の存在が挙げられます。急須のような形状で、中に石灰を入れ、一つ穴から専用の細長いヘラを指し込み、中身を少しずつ取り出して使用します。このBình Vôi には精霊が宿っているとされ、古くなったものをÔng Bình Vôi (オンビンボイ=ビンボイおじいさん)と呼んで、捨てずに神社やお寺の樹に吊り下げて祀ったそうです。文献にも「ガジュマルの樹には神が宿るため、根元に祭壇を置き、Bình Vôi を吊るしてVàng Mã(バンマー:紙製の供え物)を供える」とあり、Bình Vôi に霊力があると考えられていました。ベトナムでは、石灰を怪我の治療や食品の加工に使用したりしたほか、かつては、テト(ベトナムの正月)に「地面に石灰で弓矢を描いて邪気を払った」風習がありました。従ってBình Vôi を祀るのは、石灰がベトナム人にとって実利的にも精神的にも貴重なものであり、石灰自体への信仰があったからではないかと思われます。残念ながら、Bình Vôi はもう市場から消えてしまい、Bình Vôi を祀る風習も数十年前に途絶えてしまいました。 <Trầu Cauは 女性の文化? 男性の文化?>
面白いことに、現代では大半が男性の肉体労働者の嗜好品だとされるTrầu Cau
も、ベトナムでは女性の文化として捉えられています。これは、Trầu Cau
の盛り付けにも見られ、キンマの葉を羽根、檳榔子を胴体に見立てて、鳳凰の飾りを作るのですが、大変根気のいる作業で、これを上手に作れるのが、手先が器用=有能な女性の条件であるとされてきました。また、Trầu Cau
には肉体労働の労苦を癒すだけでなく、虫歯予防の効果があると信じられてきました。ベトナムには、つい最近まで女性がお歯黒をする風習があり、Trầu Cau
と同じく虫歯予防の効果があることが分かっています。黒く染まった歯とTrầu Cau
で赤く染まった口は、虫歯の無い健康な女性の証であり、社会的価値が高かったのでしょう。 欧米文化の流入とともに白い歯が好まれるようになって、Trầu Cau
は各国の都市部の若年層を中心に敬遠され、その人口が年々減少傾向にありますが、女性の愛好者が多いベトナムではことさらその傾向が著しく、急激にこの習慣が廃れ、今では年配のご婦人にわずかに見られる程に減ってしまいました。数千年以上、アジアを中心とし地球上の広範囲に見られたこのユニークな習慣も、やがて近い将来地球上から消えて無くなることでしょう。
参考資料: Huu
Ngoc, Lady Barton Trau Cau , Nha xuat
ban the gioi (2009) Toan Anh Nep cu Tin nguong Viet Nam(quyen ha) , Nha
xuat ban Thanh pho Ho Chi Minh(1992/1968) |
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