ベトナム宮廷古典劇? -トゥオン-

Tuồng

 
  「ホ・グェット・コ キツネに返る」の一場面
撮影:2010年6月10日


 

<トゥオンとは>

 ベトナムの伝統芸能というと、水上人形劇やチェオどを真っ先に思い浮かべますが、これらにとどまらず、彼らの暮らしと深く結びついた多くの伝統芸能が存在し、各地で上演されています。トゥオンもその一つです。

 トゥオンは、演劇、音楽、舞踊の3つの要素からなる伝統劇で、19世紀以降は、主にベトナムの中・南部で愛好されてきました。トゥオンの盛んな地には、フエ市やビンディン省、クアンナム省があり、南部ではハットボイ(Hát Bộiとも呼ばれます。ベトナムの古語を用いた七言絶句(Thất Ngôn Tứ Tuyệtの韻律詩で書かれ、中国の説話や史実、ベトナムの英雄伝等に題材をとったものが多く、勧善懲悪や領主への忠誠、道徳観などを謳っています。一方、これらと異なり諧謔性の高い作品もあり、代表作の『ゲウ・ソー・オック・ヘン(Nghêu sò Ốc Hếnはまぐり・タニシ・しじみのつぶやき)』は、貝を擬人化し面白おかしく人間社会を風刺しています。

 
<歴史>

 トゥオンの起源は李朝(10101225)に遡り、宋(中国の国号:9601279)から南下した道士により伝えられた※扮戲(ふんぎ)」という劇と歌舞が源流だというのが現在の定説です。宋・元(中国の国号:12711368)代は、様々な理由から中国人がベトナムへと移住し、歌舞劇も移民と共にベトナムへもたらされました。このトゥオンのもとになった歌舞劇は、陳朝(12251400)の頃には、盂蘭盆の際に行う滑稽劇へと発展していきました。盂蘭盆は次第に歌舞を伴う滑稽劇の即席劇場と化し、故人を偲ぶ場において不謹慎であるとして劇の禁止令が出されるほど庶民の間に普及していきました。役者も当初は葬儀等で哀歌を唄う歌舞団がこれを演じていましたが、18世紀末頃には、良家の子弟が家業を捨てて俳優に転じ、盂蘭盆に限らず平時でも女装して劇を行うようになります。

 トゥオンが現在の基礎を築いたのは、ベトナム中部でのこと。阮(グエン)氏広南朝15581777の功臣であるダオ・ズイ・トゥー(陶維慈 Đào Duy Từ : 15711634)が、フエの宮廷へトゥオンを広めます。この阮氏広南朝が領地開拓のため南進すると、トゥオンは娯楽を求めていた南部の民衆へと瞬く間に広まり、1718世紀には、穀倉地帯の開発で豊かになった庶民の間で大流行します。

続く阮朝(18021945)では、4代皇帝トゥードック(嗣徳Từ Đức18471883帝が国中の優秀な作家を呼んで次々にトゥオンの脚本を書かせ、これに合わせて当代きっての役者達がフエの都へとやってきました。トゥオンに王や領主を称え忠誠を誓ったものが多く見られるのはこのためで、このことからトゥオンは日本語の案内書などに、ベトナムの宮廷古典劇と紹介されています。しかしながら、宮廷劇として隆盛を極めたこの時代とて、同時に庶民も舞台を建てて、自ら歌手や役者を養成し、芸を競わせたといいますから、トゥオン発展の歴史から見ても、その芸術の成熟には庶民も大きく貢献しており、宮廷劇だと限定できないように思います。

 さて、時代は下り、現在ベトナム全土でトゥオンの劇団は8つを数えるのみで、その一つはハノイ旧市街、※国立ベトナムトゥオン劇場=ホンハー(Hồng )劇場で活動しています。難解で平均でも各演目が2~3時間に及ぶトゥオンですが、ここではハイライト部分のみを取り上げ上演しています。迫真迫る演技と洗練された役者の身のこなし、歌舞伎に似た「見得をきる」所作など、ベトナムの古語を解さない日本人の私たちも興味深く鑑賞できることでしょう。 

 

良家の子弟が化粧をして春秋戦国時代の興亡や三国志演義などを題材にして演じた演劇。

※国立トゥオン劇場(ホンハ劇場)住所:51 Đường Thành, Hà Nội   





 
左)隈取。役ごとにどんな隈取をするか決まっている。
右)”Ôn Đình chém Tá(オン・ディン、ターの首を切る)”の一場面。
ダイナミックな演技や衣装、顔の化粧なども興味深い。
撮影:2014年12月22日、場所:ホンハー劇場、ハノイ 

 
トゥオン劇場(ホンハー劇場)
Nhà hát tuồng Việt namRạp Hông Hà)
仏領時代に建てられ、当初はオランピア劇場(Rạp Olanhpia)と呼ばれた。
19461220日~22日、ドゥオンタイン通りで自衛の兵士達が
フランス軍と戦い多くの敵を倒した場所でもある。
撮影:2014年12月20日






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